
6日、東京のホテルで行われた
宮崎 駿(はやお)監督の記者会見には
およそ600人が取材に訪れ、
並んだテレビカメラ



海外

アメリカ、フランス、イギリス、ドイツ、
イタリア、スペイン、スウェーデン、ロシア、
中国、韓国、シンガポール、台湾、香港、
13の国と地域の新聞社やテレビ局などが
宮崎監督の引退会見の様子を世界に伝えたそうです

終始おだやかに、
笑み

記者会見の一問一答を
紹介させていただきます
(注) 記事はめっちゃ長い

お時間のあるときにゆっくりお読みください
よろしくお願いします
(1)

宮崎監督:
「公式引退の辞」というメモ

皆さんにコピーして
お渡ししてありますので、
質問をいただければ
それに答えるという形にしたいんですが。
ひと言、
僕は「もう何度もやめる」

騒ぎ

どうせまただろうと言われているかも
知れませんが、
今回は、本気です

鈴木プロデューサー:
始まったものは必ず終わりが来る

ものだと思います。
僕の立場で言うと、
落ちぶれて引退するのは格好が悪い

思っていましたので、
ちょうど「風立ちぬ」という映画が公開されてて、
それがいろんな方に支持されているときに
こういうことを決めたというのがよかったと思います。
皆さん今後、ジブリはどうなるのかと、
当然疑問を持たれると思います。
11月23日に
公開の高畑勲監督「かぐや姫の物語」

皆さんにご心配をかけましたけれども、
鋭意制作中、大体めども見えてきました。
引き続きまして、企画は発表できないが、
来年の夏を目指してもう1本、
映画を鋭意制作中です。
ついてるレオさん コメント(笑い)
秋と来年の夏の作品もワクワク

ここからは記者の質問にお答えされます

記者: 引退の報道を受けて、
子どもたちからも
たくさんことばが届いている。
子どもたちにメッセージは

宮崎:
あの、そんなにかっこいいことは言えません。
まあ何かの機会があれば、
作ってきた映画

何か伝わってくれるかも知れません。
それにとどめさせてください。
記者: 長編アニメーションの監督を
辞めるという理解でよいのか

これからやっていきたいことは

宮崎:
ここに(「公式の辞」)
われながらよく書いたなと
思っているんですが、
僕は自由です

やらない自由もあるんです。
ただ、車

毎日アトリエに行こうと思っています。
それでやりたくなったものは
やろうと思っています。
まだ休息をとらなくては
いけないと思うので、
休んでいるうちに
いろいろ分かってくると思うのですが、
ここで約束すると
たいてい破ることになると思うので、ご理解下さい。
記者:「風の谷のナウシカ」の続編を
この先、作られる予定はありますか


宮崎:
それはありません。
記者: 韓国のファンにもひと言。
韓国で話題になっているゼロ戦についての考えを

宮崎:
映画を見ていただければ分かると思っていますので、
いろいろなことばに邪魔されないで
見ていただければいいなと思っています。
いろんな国の方々が私たちの作品を
見てくださっているのはうれしい。
それと同時に「風立ちぬ」の作品の
モチーフそのものが、
日本の軍国主義が破滅に向かっていく

時代を舞台にしていますので、
いろいろな疑問が私の家族からも
友人からもスタッフからも出ました。
「それにどういう風に答えるか

いうことで
映画を作りました。
ですから
映画を見ていただければ
分かると思います。
映画を見ないで論じても始まらないので、
ぜひ、お金を払って見ていただけると
うれしいなと思います。
ついてるレオさん コメント(笑い)
ホントそうですよね(笑い)
記者: 今後、ジブリの若手監督の作品に
監修などで関与する予定はありますか。

宮崎:
ありません。
僕の長編アニメーションの仕事は終わった
記者: 「今回は本気です」とのことですが、
今までと何がいちばん違うのでしょうか

宮崎:
「風立ちぬ」はポニョから

5年

もちろんその間、
映画を作り続けたわけではなくて
シナリオを書いたり、
自分の道楽の漫画を描いたりとか、
美術館の短編をやるとか、
いろんなことをやっていましたが、
やはり5年かかるんです

今、次の作品を考え始めますと、
たぶん5年じゃ済まないでしょうね、
この年齢ですから。
あと3か月もすれば、
私は73歳になりますから、
それから7年かかると
80歳になってしまうんです。
この前お会いした文藝春秋の元編集長だった
半藤一利さんは83歳でしたが、
背筋が伸びてよい先輩がいると思ったが、
「僕も83になってこうなってたらいいな」と思いますから、
「あと10年は仕事を続けます」と
言っているだけでして、
今までの延長上には
自分の仕事は無いだろうと思っています。
そういうことで、
僕の長編アニメーションの仕事は
はっきり終わったんだ と
もし自分がやりたいと思っても、
それは"年寄りの世まい言"

片づけようと決めています。
記者: 鈴木さんと引退のタイミングを決めたのは

その時の会話は

宮崎:
よく覚えていないんですが、
「鈴木さん、もうだめだ」とか
言ったことはあります。
鈴木さんは「そうですか」と。
それは何度もやってきたことなんで、
鈴木さんが信用したかどうかは分かりませんが、
ジブリを立ち上げたときに、
こんなに長く続けるつもりが
無かったことは確かです。
ですから何度も
「もう引き時なんじゃないか」
とやってきましたので
今回は本当に次は7年かかるかも
知れないと言うことに
鈴木さんもリアリティを感じたんだと思います。
鈴木:
正確には覚えていないが、
「風立ちぬ」の初号があったのが、
6月19日なんですよ。
たぶんその直後だったと思うんですよね。
確かにこれまでも、
「これが最後だ」、
「これが最後だと思ってやっている」、
とか話があったんですけれども、
今回は本気だなと感じざるを得ませんでした。
というのは、僕自身がナウシカから
数えてことしがちょうど30年目に当たるんです。

その間いろいろありました。
僕もそれまで30年間、
緊張の糸がずっとあった。
今回宮さんからそのことを言われたとき、
その糸が揺れた、
僕自身がほっとするようなところもあった。
若いときだったら
とどめさせようとか
そういう気持ちも働いたと
思うんですけれども、
本当にご苦労さまでしたという気分がわいた、
そういうこともあると思います。
僕自身は「かぐや姫の物語」

公開しなくてはいけないので、
途切れかかった糸をもう一度締め直して
仕事をしている最中なんですけど。
それを皆さんにお伝えする前に、
まずはスタジオで働くスタッフに
まず言わなきゃいけないと思いました。
映画を公開前に引退を発表すると
話がややこしくなる

映画を公開をして、ある落ち着いた時期、
実は社内では8月5日にみんなに伝えました。
映画の公開が一段落した時期に
皆さんにも発表できるかなと、
そうなると9月のあたまですよね、
と考えたことは確かです。
記者: 台湾の観光客は
ジブリ美術館は必ず立ち寄る場所ですが、
引退後は旅行をして海外のファンと交流する予定は

宮崎:
いえ、私はジブリの美術館の展示に関わりたいと
思っていますので
ボランティアの形になるかも知れませんが。
自分も展示品になっちゃうかもしれませんが

ぜひお越しいただきたい。
記者: 鈴木さんに。
「風立ちぬ」が最後という予感はあったのか

宮崎監督には、この映画を最後にすると言う
引き際についての美学があれば

鈴木:
僕は宮さんとつきあってきて、
彼の性格からして、
ずっと作り続けるのではないかと思っていました。
死ぬ間際までと予感していました。
その一方で、宮さんという人は
別のことをやろうと、
みんなに宣言する人なんです。
もしかしたら、
これが終わったら別のことに取りかかる、
そのどちらかだろうと思っていました。
「風立ちぬ」という作品を作って、
その直後にというのは
予想の中に入っていましたから、
素直に受け止めることが出来ました。
宮崎:
映画作るのに死にものぐるい

そのあとのことをあまり考えてなかった。
それよりも
「映画が出来るのか

「これは映画になるのか


ということのほうが自分にとっては重圧でした。
記者: 監督は外国のアニメーション作家から
影響を受けたと以前うかがった。
ロシアのノルシュテイン監督からの影響については

宮崎:
ノルスシュテインは友人です。
負けてたまるかという相手でございまして。
きょう実は高畑勲監督も一緒にと誘ったら、
「冗談ではない」

彼はずっとやる気だなと思っています。
記者: あえて挙げるなら最も思い入れのある作品、
すべての作品に通じるメッセージは

宮崎:
いちばん自分の中に
とげのように残っているのは
「ハウルの動く城」です。

ゲームの世界なんですけれど、
それをドラマにしようとした結果、
まあ、本当に格闘

スタートが間違っていたと思うんですけど、
自分が立てた企画だから仕方ありません。
僕は児童文学の多くの作品に
影響を受けて
この世界に入った人間ですので、
基本的に子どもたちに
「この世は生きるに値するんだ」

ということを伝えるのが
自分たちの仕事の根幹になければならない
と思ってきました。
それは今も変わっていません。
記者: イタリアを舞台にした作品多いですが、
イタリアが好きなのですか

半藤さんは83歳でご立派ですが、
日野原先生を目標にしたらどうか。

また、ジブリの美術館で館長として
働いたら喜ばれると思います。
宮崎:
イタリアは好きです

まとまっていないところも含めて好きです。
友人もいるし、食べ物もおいしいし、
女性は美しい

半藤さんのところに
10年行けばたどり着くのか、
その間仕事を続けられればいいなと思っているだけで、
それ以上望むのはちょっと、
半藤さんにはずっと歩いていてほしいです。
それから館長になって
入り口で「いらっしゃいませ」

というよりは、
展示のものが
10年以上前に描いたものなので、
色あせたり、
ずいぶん描き直したいものがあるので、
それを僕はやりたい。
これは筆やペンで
描いたりしなくてはいけないので、
ぜひ時間が出来たらやりたい。
ずっとやらなければいけないと思っていた。
美術館の展示品というのは、
毎日掃除しているのに
いつの間にか色あせてくるんです

その部屋に入ったときに
全体がくすんで見えるんです

そのくすんで見えるところを
1か所きらきら

たちまちそこに子どもたちが
群がることが分かったんです。
美術館を生き生きさせていくためには、
ずっと手をかけ続けなくてはいけない

それを出来るだけやりたい。
記者: 宮崎監督に長編はこれで引退ということだが、
短編アニメーションに関わることはあるのか

鈴木さんに、来年夏にも映画の公開が控えているが、
ジブリの今後は

宮崎:
引退の辞に書きましたように
僕は自由

やってもやらなくても自由なので、
そちらに頭を使うことはしません。
前からやりたかったことがあるので、
それはアニメーションではありません。
鈴木:
ジブリはこれからどうするのか。
僕はいま現在、
この「かぐや姫の物語」

来年の映画に関わっています。
僕も年齢が65歳で、
このじじいがどこまで関わるのか
という問題があると思うが、
実は、今後のジブリの問題は
今、ジブリにいる人の問題でもあるんですよ。
その人たちがどう考えるのか、
それによって決まると思います。
宮崎:
ジブリの今後については、
やっと上の重しが取れるんだから、
こんなことをやらせろというのが
若いスタッフから鈴木さんに
話が挙がっていくのを期待していますけどね。
それが無いとだめですよね。
鈴木さんが何やっても。
僕らは30の時にも40の時にも、
やっていいんだったら、
何でもやるぞという覚悟で
いろんな企画を抱えていましたけど、
それを持っているかどうかに
かかっていると思います。
鈴木さんは、それを
門前払いを食らわす人ではありません

今後はいろんな人間の
意欲や希望や能力にかかっていると思います。
記者: 「風立ちぬ」が長編の最後となったが、
ほかにやってみたかったものは

宮崎:
それは山ほどあるんですけれど、
やってはいけない理由があったから
やらなかったわけなんで述べようもない。
それほどの形になっていないものばかりです。
やめるといいながら
こういうのやったらどうなんだろうというのは、
頭に出たり入ったりするのはあるけど、
それは人に語るものではありませんので
ご勘弁ください。
記者:「僕は自由です」と言いましたが、
今後は具体的にやりたいことは

日本から海外にいろんなことを
発信された貴重な監督だが、
今後、違う形で発信する予定はあるのか

宮崎:
やりたいことはあるけど、
やれなかったらみっともないので、
何なのか言いません。
それと僕は文化人になりたくないんです。
僕は町工場のおやじでして。
だから発信したいとか
あんまりそういうこと考えない。
文化人ではありません

(続く)
【追伸で〜す】
前回の「イチロー 記者会見」に続く
特集「宮崎 駿監督 引退会見」

記事は長いですが(笑い)
4回シリーズの予定です

日曜日エンジョイですね

さて、今日も
自分の機嫌

上気元で顔晴りましょう (^.^)
今日はいい日だ!
9月8日
ついてるレオさん
